東京地方裁判所 昭和44年(ワ)9756号 判決
原告
福田正敬
被告
松下功
第二 主文
一 被告らは連帯して原告に対し金三三三万六七八八円及び内金二二八万九〇五六円については昭和四四年一〇月二日以降、内金七四万七七三二円については昭和四七年一月一日以降各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 その余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを三分し、その一を原告の、その余の二を被告両名の各負担とする。
四 右第一項に限り仮に執行することができる。
第三 事実
一 請求の趣旨
被告らは連帯して原告に対し金一、三七三万七〇二六円及び内金一、二二六万五二〇二円に対する昭和四四年一〇月二日以降完済に至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。
訴訟費用は被告らの負担とする。
仮執行の宣言を求める。
二 請求の趣旨に対する答弁
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
三 請求の原因
(一) (事故の発生)
原告(大正六年一月七日生)は、次の交通事故によつて傷害を受けた。
なお、この際原告はその所有に属する被害車を損壊された。
1 発生時 昭和四一年九月十一日午後二時三〇分頃
2 発生地 東京都世田谷区桜丘二丁目六番地先路上
3 加害車 自家用普通乗用車(トヨペツトクラウントヨグライド付。品五は一八七七号)
運転者 被告 寺崎(当時二十三才)
4 被害車 自家用普通乗用車(日野コンテツサ九〇〇。品川五ら五二九号)
運転者 原告
被害者 原告 (同乗中)
5 態様 停車中の被害車に加害車が追突。
6 傷害部位程度
(病名)
頭部打撲、頸椎亜脱臼、第六頸椎骨折、むち打症。
(治療)
菊池外科に事故当日たる昭和四一年九月十一日に診療を受け、翌十二日以降同年十一月二日まで入院し、その後も通院して来ていた。
その間慶応大学附属病院へ通院(即ち菊池外科に入院中は同外科から通院)もした。そのほかに、済生会中央病院、日本ビル眼科、東京医科歯科大学附属病院、広尾病院、国立東京第一病院、松尾外科病院、高橋眼科及び虎の門病院に通院した。しかも、日本ビル眼科などへは、現在も通院加療中である。
7 (現在の症状)
原告の現在の症状は、おおむね国立東京第一病院医師堤修一外五名の昭和四五年五月一二日付鑑定書(甲第八号証)のとおりであるが、その主な症状を具体的に説明すると、次のとおりである。
(1) 左手、特に拇指と人指指のしびれがひどく、知覚マヒで刺戟を感じない(たとえば針をさしても痛みを感じない)。左手で物を持つことが全然できない。また、左肩に脱力があるので、重いものは一切持てない。従つて日常生活に多大な支障をきたしている。
(2) 第六頸椎に頸椎障害(石灰沈着があると考えられる)があるため、神経が圧迫され、時々痛みが走る。特に朝起きたときは首の重みで座るのに一~二時間かかり、首が座らないうちに歩くと荷重症状のため神経がピリピリして動けず、ために七時頃起床しても出勤が一〇時頃となる。無理するとその日一日動けなくなるため毎朝頸椎頭痛発作の不安感に悩まされる。また、電車の中で押されたり、バスに乗つて上下動した場合にも神経が痛み出し、この場合懸垂以外に直す方法がなく、痛みにたえかねて途中下車することもしばしばある。さらに、暫く前屈位(前かがみ)の姿態でいると、首やのどに痛みを覚えるので、机上の仕事でも長時間続けることは不可能である。
これらはすべて頸椎の亜脱臼によるもので、原告は、神経症状に悩まされる毎日を送つている。今日なお、コルセツトをはめて寝なければならない時があり、また、外出時にもネクタイをきちんとしめていることができない。
(3) 右眼に流涙症があり、涙がポロポロ出て眼を開けておられない。また恥明症状(明るいところに出るとまぶしく眼を開けておれない)もある。始終涙が出るために、眼が真赤となり、眼の淵にひびがきれる。これらの症状のため、医師の指示により点眼薬やナンコウを使用しているが、毎年一一月から翌年二月頃までの寒い期間の流涙が激しく、たとえば昭和四六年一二月二日~二四日間に点眼薬一九本も使用せざるをえなかつた状況にある。
(4) 左脚の知覚障害があり、原告本人は余り自覚がないが、客観的にみて明らかにビツコをひき、しばしば、これを他人から指摘されている。そのためか僅かなものにもつまづき転倒しかかることが少くない。以上のような症状があるため、原告は、毎日遅刻出勤を余儀なくされるほか、通院のため早退せざるをえない場合も多い。また、仕事自体も流涙症状や前屈位姿態による長時間維持不能によつて能率が著しく低められるため、果して、原告がいつまで現職の土地住宅総合調査会に勤務しうるかどうかも疑問がある。
(二) (責任原因)
被告らは、それぞれ次の理由により、本件事故から生じた原告の損害を賠償する責任がある。
(1) 被告松下は、加害車を所有し自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条による責任。
(2) 被告松下は助手席に同乗し、被告寺崎の運転未熟・未経験であることを熟知しながら敢て運転を許容し、同被告の運転を補助指導中、同被告が後記のような過失によつて本件事故を発生させたのであるから、民法七一九条二項による責任。
(3) 被告寺崎は、加害車を被告松下から運転を許容され、自己のために運行の用に供していたものであるから自賠法三条による責任。
(4) 被告寺崎は、事故発生につき、次のような過失があつたから、不法行為者として民法七〇九条の責任。
即ち、被告寺崎は運転免許取得後、約一年半の間全く自動車を運転したことがなく、運転未熟・未経験であることを自覚しながら、被告松下の同意を得て加害車の運転を開始した。事故発生地附近は、幅員十二米位の見とおしの良い直線道路である。被害車は道路の左側端に一時停車していた。従つて被告寺崎としては相当手前から認め得るばかりでなく、時速四〇粁で走行して本件事故発生地附近に来た以上、それに相応したハンドルさばきをして事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるにもかかわらず、これを怠り、ブレーキをかける暇もなく、被害車の後部に加害車の前部を追突せしめた一方的過失により本件事故を惹起せしめた。
(三) (損害)
1 被害車の損害 計金一七万四一九〇円
(内訳)
修理代 金七万〇二四〇円
評価損 金八万四二四〇円
査定料 金一五〇〇円
代車料 金一万六〇〇〇円
写真代 金一一七〇円
フイルム代 金一〇四〇円
2 治療費関係 金八九万三一二九円
(内訳)
(イ) (41 9 11~43 5 10分) 金三九万五六二五円
菊池外科 金一六万五一七〇円
慶応病院 金一三六五円
胃腸病院(外科) 金一一八〇円
氷代(小林) 金五六〇円
頸椎カラー代(田中) 金三三五〇円
〃修理代(フジヤシユウズ) 金一〇〇円
電気マツサージヤー代(吉村) 金一五〇〇円
マツサージ代(長生堂) 金八万三九〇〇円
薬品代(田中薬局) 金四万二五〇〇円
〃(アジア堂薬局) 金七万七九八五円
〃(大手町薬局) 金五七七〇円
〃(ヤマダ薬局) 金二〇五円
〃(ちとせ薬局) 金六六〇円
〃(加藤薬局) 金四六五〇円
〃(チバ薬局) 金五八〇円
〃(真中薬局) 金三〇〇円
〃(富士フアーマシー) 金一六〇〇円
〃(嶋喜) 金一一〇〇円
〃(三越) 金二〇〇〇円
〃(アヲバ薬局) 金三五〇円
〃(なすや薬局) 金八〇〇円
(ロ) (43 5 11~46 12 31分) 金四九万七五〇四円
菊池外科 金五万八四五〇円
済生会中央病院 金二〇〇円
日本ビル眼科 金一八四〇円
医科歯科大学 金一四八〇円
広尾病院 金八〇〇円
虎の門病院 金三二万六三〇九円
マツサージ代(長生堂) 金六〇〇〇円
薬品代(アジア薬品) 金九万七三〇〇円
〃(ヤマダ薬局) 金三〇四〇円
〃(三晃) 金五〇五円
〃(三千里薬局) 金九八〇円
〃(佐々浪フアーマシー) 金四〇〇円
〃(指爪薬局) 金二〇〇円
3 交通費 計金五万〇七三〇円
(内訳)
イ 菊池外科―慶応病院分(41 9 11~43 5 10) 金一万二五〇〇円
ロ 自宅―虎ノ門病院(43 5 11~46 12 31) 金三万八二三〇円
ハ その他の通院先への交通費があるけれども一々記帳しておらず数字的に判然としないので、この事情を慰藉料算定の際、考慮されたい。
4 雑費 計金二万〇三七〇円
(内訳)
印鑑証明書代 金三二〇円
レントゲン焼付等 金三二三五円
ゼロツクス代 金二二五円
タイプ代 金九〇〇円
ゼロツクス代 金九〇円
入院中雑費(一日金三〇〇円宛の五二日分) 金一万五六〇〇円
5 休業損害 金三一万八五八二円
原告は事故当時、訴外富士船舶工業株式会社の総務部長とし勤務していたけれども、本件事故に伴い、次のとおりの損害を蒙つた。
(休業期間) 八ケ月間(41 9 12~42 6 30)
(事故時の月収) 金六万五二〇八円
(傷病手当金として填補額) 金二〇万三〇八二円
(65208円×8月)-203082円=318582円
6 将来の治療費 金四三四万一四六七円
原告は本件事故による受傷のため、昭和四一年九月一二日より同年一一月二日まで菊池外科(東京都世田谷区桜一丁目六七番七号所在)に入院したほか、その後も右菊池外科及び慶応大学病院に通院加療を続けてきたが治癒せず、第六頸椎骨折・鞭打症のため現在でも左拇指並に示指のシビレ感その他感覚異常運動障害を残し、また前胸部左上肢並に頭部の感覚常(冷感等)を呈しており、以上の症状は受傷後現在に至るまで殆んど快復していないばかりか、菊池一男医師は、右疾病につき余後不良であつて爾後生涯を通じ症状増悪の場合は勿論のこと常時対症療法を継続する必要があるとの最終診断を下している。
また右疾病との関係から右眼流涙症兼翼状片を併発し、殊に右眼涙症は特異な様相を呈しており、東京医科歯科大学医学部附属病院(東京都文京区湯島一丁目五番四七号所在)医師大島祐之及び日本ビル眼科(同都千代田区大手町二の八所在)医師西村治子によれば、眼科的には根治療法の実施は困難であり、同じく生涯を通じ対症療法を継続の必要があるとの診断が下されている。
このように原告は、前記第六頸椎骨折むち症及びこれに関連を有する右眼流涙症兼異状片のため、今後余命年数の間対症療法を継続しなければならないが、その治療費は次のとおりである。
<1> 原告は大正六年一月七日生れで、昭和四四年九月現在満五二才である。厚生省第一二回生命表によれば、同年令の男子の平均余命は二一・三四年である。
<2> 原告の将来の治療費の年間所要見込額は前記菊池一男医師及び西村治子医師の算定によれば金三〇万七、八二一円である。
<3> そこで原告の将来の治療必要期間を平均余命の二一年間として年五分の中間利息を複式ホフマン式計算表により控除し、右二一年間における原告の将来治療費の昭和四四年九月現在額を算出すると次のとおりである。
307821円×14.10387251=4341468円
7 慰藉料 金八〇〇万円
原告は、父福田正躬(宮内省勤務。一木喜徳郎・後藤新平両宮内大臣の秘書官)の長子として生まれ、昭和一八年九月早稲田大学法学部を卒業後、日本郵船、東亜海運を経て、昭和三七年から富士船舶工業株式会社に勤務し、昭和四一年二月から富士船舶工業の総務部長として、将来を嘱望され、近い将来重役に就任することが約束されていたもので、その未来は洋々たるものがあつた。然るに本件事故による受傷のため就業規則により右富士船舶工業を退職するのやむなきに至つた。のみならず、昭和四二年七月一日から知人の好意によつて土地住宅総合調査会に再就職したが、本来なら未だ安静加療すべきところを、原告を含めた家族四人(原告には妻登志子=四七才、長男正純=二一才、長女純子=一五才の三人の扶養家族がある)の生活維持と治療費のために病身を押して勤務を続けなければならない苦況にある。
しかし、前記詳述した如く、原告は生涯不治の疾病(後遺症)による病苦のため、毎朝容易に起きられず、その出勤は相当無理をしても午前十一時頃に出社するのがようやくであつて、また、勤務時間中にも通院のため等の私用に相当な時間を割かざるをえない状況にある。したがつて、調査会の事務に支障を来たし、内部でも苦情が多く、病状と相俟つて早晩右土地住宅総合調査会の退社をも強いられるかもしれない極めて不安定な立場におかれている。
また、右土地住宅総合調査会の給与は月額五万円にすぎず、昇給もないため三人の扶養家族をかかえ、事故後は自賠責の強制保険金によつて辛うじて家族の生活費と治療費をまかなつている窮状に追い込まれている。そのうえ、右疾病の治療についても、医療費が十分でないため、医師の指示通りの医療もできない始末である。
さらに原告の長男及び長女は、昭和四四年九月の本訴提起現在、大学及び高校進学の時期を迎えているが、本件事故による家計の困窮のため現状のままでは進学を断念せざるをえない気の毒な実情にある。妻がアルバイトして生計を維持している。
このように生涯不治の病苦に悩まされながら、多額の医療費の支出を余議なくされ生活苦とたたかい、苦悩と不安の一生を送らなければならない原告の精神的苦痛はまことに大きく、到底筆舌には尽しがたいものがあり、その慰藉料としては金八〇〇万円が相当である。
8 填補額 金一〇四万〇〇四一円
原告は被害者請求により自賠責保険より金一〇四万〇〇四一円の支払を受け、これ以上の損害に充当した。
9 弁護士費用 金一四七万一八二四円
原告は昭和四四年八月二九日、原告訴訟代理人木宮弁護士に本訴の提起と追行とを委任し、原告の損害額の一割二分(手数料ならびに謝金とも各六分宛)を依頼の目的を達すると同時に支払うことを約している。従つて同弁護士に対し本件の第一審判決の言渡と同時に右金額を支払うべき債務(損害)を負担した。
(四) (結論)
以上差引残金一四二三万〇二五二円となるところ、被告らに対し、原告は内金一、三七三万七〇二六円及び内金一、二二六万五二〇二円につき訴状送達の日の翌日である昭和四四年一〇月二日以降支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
四 被告らの答弁
(一) 請求原因第(一)項中1 2 3 4 5の事実及び原告が負傷した事実は認め、その余は不知。追突の程度が軽微であり、入院中、度々被告側で見舞いに伺つた際にも、原告は自動車を運転して外出していることが多かつたので、負傷の程度を争う。
(二) 同第(二)項中、被告両名共に運行供用者責任を負うこと、被告寺崎が不法行為者として民法七〇九条の責任を負うことは、いずれも認めるけれども、その余は争う。
(三) 同第(三)項は不知。
但し被害車の修理代は金三万円程度であつた。
原告が自賠責保険により金一〇四万〇〇四一円を受領したことは認める。
(四) 同第(四)項は争う。
第四 理由
一 (事故の発生)
(一) 請求原因第(一)項中、6(傷害の部位程度)と7(現在の症状)とを除き、当事者間に争いがない。
(二) そこで、6(傷害の部位程度)につき検討する。
〔証拠略〕を総合すれば、次の事実を認めることができる。即ち原告は本件事故により頭を窓わくに当てたりなどして、頭部打撲、第四頸椎亜脱臼、第六頸椎骨折、むち打症の傷害を受けた。当初は、それ程の重傷とも思われなかつたけれども、事故当日の昭和四一年九月十一日近くの菊池外科の診療を受け、その晩から痛みを増し、翌十二日に菊池外科に入院し、同年十一月二日退院しその後も通院を続けていた。その間同年九月一九日から翌四二年二月下旬まで(内実日数一〇日位)同外科から慶応大学附属病院に通院した。その後、右眼流涙症兼翼状片を併発し、日本ビル眼科、東京医科歯科大学附属病院、都立広尾病院、その他にも通院治療を重ねて現在もなお、虎の門病院と日本ビル眼科などへは通院中である。
(三) 次に7(現在の症状……後遺症)につき検討する。
〔証拠略〕を総合すれば、昭和四五年春現在において本件事故による後遺症として次の事実を認めることができる。
(イ) 四肢、体幹、顔面(特に左側)の知覚障害(左前腕及び左手に知覚低下。右前腕に知覚過敏。知覚障害の左右差は顔、頸、上胸壁にも認められる)。
腱反射の亢進、握力低下(左二五瓩、右四〇瓩)。頸椎の可動性に軽度の制限がある(前屈四〇度、後屈二〇度、両側屈二〇度、左回旋七〇度、右回旋四五度)。
(ロ) 自覚的に左第一、第二指のシビレ感、左肩の脱力、前屈時の頸痛、頭痛。
(ハ) 第五―第六頸神経根損傷及び頸髄障害。
(ニ) 右眼流涙症(殊に冬期に多い)。
(ホ) 服することの出来る労務が相当制限されている。
二 (責任原因)
(一) 被告両名ともに運行供用者として、いずれも自賠法三条による賠償責任を負担していることは、被告らが自白している。
(二) 被告寺崎が加害者(運転者)本人として、民法七〇九条による賠償責任を負担していることは、同被告において自白している。
(三) 被告松下の民法七一九条二項による責任につき検討する。
〔証拠略〕によれば、次の事実を認ることができる。即ち本件加害車は被告松下が所有し自から運転常用していたものであつた。被告寺崎(被告松下の妻の友人)から「秋のドライブに出かけるので、加害車を貸してくれ」と申込まれたので、被告松下は貸与した。本件事故当日、運転経験の浅かつた被告寺崎が運転し、被告松下が助手席に居て、加害車がノー・クラツチ(トヨグライド付)であるため、初めて運転する被告寺崎に対し被告松下が運転操作(殊にブレーキ)について指示説明をしながら運転を許容していた。ところが、たまたま、加害車の左前方に被害車が駐車しており、対向車が来たので、被告松下は被告寺崎に対しブレーキをかけるように指示したけれど、被告寺崎がブレーキを良く踏込めなかつたために、駐車中の被害車(原告が運転席に乗つていた)に加害車を追突せし、本件事故を発生させた。
右認定事実によれば、被告寺崎が本件追突事故を発生せしめたことにつき、被告松下は民法七一九条二項の教唆ないしは幇助した者として原告の損害を賠償する責任があると認めるのを相当とする。
(四) 従つて被告らは連帯して原告の本件事故により蒙つた損害(人損、物損)を賠償する責任がある。
三 (損害)
(一) 被害車の損害 計金 十一万九九五〇円
(内訳)
(イ) 修理代 金七万〇二四〇円
〔証拠略〕によれば、本件事故により破損された被害車の修理に右のとおりの出費を必要としたことが認められる。
(ロ) 評価損 金三万円
〔証拠略〕によれば、被害車の修理部分が重に後部であつたこと、右修理によつて、ほぼ修復できたこと等が認められる。しかし修復されたとしても、それ相当の評価落ちがあることは、中古車取引界の常識であるので、この評価損を金三万円と認めるのを相当とする。
(ハ) 査定料 金一五〇〇円
(ニ) 代車料 金一万六〇〇〇円
(ホ) 写真代 金一一七〇円
(ヘ) フイルム代 金一〇四〇円
右(ハ)から(ヘ)までの費用が被害車を修理するにつき出損を余儀なくされたことは、〔証拠略〕によつて認め得る。
(二) 治療費 計金八九万三、一二九円
〔証拠略〕によれば、本件事故による原告の前認定の負傷の治療のために、菊池外科をはじめ慶応大学附属病院、虎の門病院、その他多数の病院で治療を受けた費用、薬局から目薬やアリナミン等を買つて使用した代金等として、右頭初の金額を出捐したことを認め得る。但しこれは当初から昭和四六年十二月末までの分である。
(三) 交通費 計金五万〇七三〇円
〔証拠略〕によれば、次の事実を認めることができる。即ち原告は菊池外科に入院中から、同外科より慶応大学附属病院へ通院加療を始め、菊池外科を退院後も含めて、昭和四二年二月までの間、前後一〇回にわたり通院した。これにタクシーを利用したので、その料金の合計が金一万二五〇〇円に達した。
次に虎の門病院に通院し、これにタクシーを利用したことが認められるところ、虎の門病院に何回の通院実日数があつたかにつき、同病院の証明等がないので、はつきりしない。しかし昭和四四年から昭和四六年十二月末現在まで一カ月に一、二回位宛通院していたことが推認できる。また、そのほか都立広尾病院、東京医科歯科大学その他へも通院している。これらの事実からみて、それ相当の交通費の出捐を余儀なくされたであろうと推認できるので、これらの交通費を含めて金三万八二三〇円と認めるのを相当とする。
(四) 雑費 計金二万〇三七〇円
〔証拠略〕によれば、本件事故により、諸手続を必要としたことに伴う費用として、印鑑証明書代金三二〇円、レントゲン焼付等に金三二三五円、ゼロツクス代金三一五円、タイプ代金九〇〇円を各支出したことが認められる。
前認定の病状で菊池病院に五二日間の入院したので、これに伴う諸雑費として、その状態からみて、一日金三〇〇円宛の計金一万五六〇〇円と推認するのを相当とする。
(五) 休業損害 金二四万四九一八円
〔証拠略〕によれば、次の事実を認め得る。即ち原告は本件事故当時、富土船舶工業株式会社の総務部長として勤務し、一カ月金五万六〇〇〇円の給与を得ていたところ、本件事故により休職したことが原因になり昭和四一年一〇月三一日付で退職を余儀なくされ、その後昭和四二年七月一日付で土地住宅総合調査会に就職するまでの間八カ月間の給与を得られなかつた。なお原告は右休業損害に充当すべき傷病手当金二〇万三〇八二円の支払を受けた。
従つて右認定事実によれば差引金二四万四九一八円を休業損害と認めるのを相当とする。
(56000円×8月)-203082円=244918円
(六) 将来の治療費 金七四万七七三二円
〔証拠略〕を総合すれば、次の事実を認め得る。即ち前認定のとおり後遺症があり、これが将来軽快するという見とおしが立たず、殊に右眼の流涙症の根治療法の実施が困難であるため、これが対症療法を継続する必要がある。この必要期間につき断定できない。ところで、これに必要な経費については、その時期に順応した対症療法を必要とすることもあつて数字的に明確にし得る証拠はない。しかし昭和四三年五月から昭和四六年十二月までに出費した治療費が金四九万円余であつた。従つて、この過去の実績からみて、将来の治療費としては二カ月金一万円(年間金六万円)宛程度を必要とするものと推認するのを相当とする。大正六年生れの原告の余命年数は昭和四七年現在において第十二回生命表によれば、二〇年と推認できる。
右認定事実によれば、将来の治療費につき、あまりにも不確定要素が多く、鑑定医師も判定をさしひかえている実情からみて、一応昭和四七年一月一日以降二〇年間につき年金六万円宛認めるのを相当とする。五分の中間利息をライプニツツ式(法定利率による複利年金現価表の二〇年の十二、四六二二)により控除し現在額を算出すると頭初の金額となる。
6万×12.4622=74万7732円
(七) 慰藉料 金二〇〇万円
〔証拠略〕によれば、次の事実を認めることができる。即ち原告(大正六年一月七日生)は昭和一八年早稲田大学法学部を卒業し、日本郵船、東亜海運を経て、昭和三七年から富士船舶工業に勤務し、昭和四一年二月からは富士船舶工業の総務部長として勤務していた。ところが、本件事故のため、前認定のとおりの入通院治療上、会社を欠勤したことにより、就業規則上からも四八才にして退職を余儀なくされて富士船舶工業を将来のことも考慮して任意退職の形式で退社した。そして昭和四二年七月一日付で土地住宅総合調査会その事務局長として再就職し、現在に及んでいる。しかし、前認定の疾病(殊に流涙症の後遺症)のため事務局長という重要ポストではあるけれど、時間的に無理して通院し、或は目薬等を自己負担で購入して使用し、少しでも症状が好転するように努力しているけれども、一向に、好転のきざしもない。右後遺症の好転軽快を望めない。
他面、原告は成人期の長男長女の父親であり、また、夫であるため、一家の支柱として、右症状を押して勤務し続けなければならない実情である。
右認定事実のほか、前認定の治療の経過、後遺症その他の諸事実等によれば、原告の精神的苦痛を慰藉すべき額としては金二〇〇万円をもつて相当とする。
(八) 損害の填補
原告が自賠責保険金一〇四万〇〇四一円を受領していることは、当事者間に争いがない。従つて、これを以上の損害に充当する。
(九) 弁護士費用 金三〇万円
以上のとおり認容すべき総損害は金四〇七万六八二九円となるところ、右填補額を充当控除した残金三〇三万六七八八円につき、被告らに対し賠償請求権を有する。しかるに被告らは、この任意支払に応じない。そこで、やむなく原告は原告訴訟代理人(木宮、菊地、伊藤の三弁護士)に本訴の提起と追行とを委任し、その手数料、報酬として金一四七万一八二四円を右木宮弁護士に支払う旨を約した。このことは〔証拠略〕によつて認め得る。
しかしながら右認容額と訴訟の全経過からみて被告らに負担せしめる弁護士費用としては金三〇万円をもつて相当と認める。
四 (結論)
よつて差引残金合計金三三三万六七八八円となり内金二八万九〇五六円(将来の治療費と弁護士費用を除く)については本件訴状が被告に送達された翌日たる昭和四四年一〇月二日(この点は当裁判所に顕著である)以降、内金七四万七七三二円(将来の治療費分)については、その認容した時点たる昭和四七年一月一日以降各完済に至るまで、各年五分の割合による民法所定の遅延損害金の支払を求める限度で認容する。その余は失当である。民事訴訟法九二条、九三条、一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 龍前三郎)